バタフライナイフ
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2008/11/20 (Thu)
アンドリュー・ワイエス
渋谷 Bunkamura ザ・ミュージアム
『アンドリュー・ワイエス 創造への道程(みち)』 という展覧会。
アンドリュー・ワイエスは いっとうすきな画家。
だのに いままでいちども ほんものの作品を 観たことが無かった。
習作と 完成した作品が ならべて展示されていた。
だんだんに 構図が決まっていくようす
じつに的確に 描くべき対象が絞られていくようす
真摯に絵に向かっているようすが よくわかった。
繊細かつ大胆な筆づかい 構図の素晴らしさ。
『火打ち石』という作品では 習作には描かれていたカモメが 完成作には居なかった。
『卵の計量器』という作品では 画面から人物が消えて 卵そのものが際立っていた。
なかなかおもしろく ふむふむ観てまわる。
有名な 『クリスティーナの世界』は
習作ばかりで ほんものが展示されていなかった。
ヘルガのシリーズが とりわけだいすきなので
『ページボーイ』のほんものが観られて 感激だった。
じぶんのお姉さんを描いた 『私の姉』という作品は
紙に鉛筆で描いたもので 完成だった。
色彩など これ以上手を加える必要が 無かったのだという。
鉛筆だけで お姉さんの本質を 表せたのだそうだ。
たいへん緻密な鉛筆画は なるほど完成していた。
『雪まじりの風』という作品の横に書いてあったワイエスの言葉は メモしてきた。
『私は季節の中でも冬や秋が好きだ。 風景の中にある骨組みや孤独感、死に絶えたような雰囲気が感じられる。何かがその下に隠れていて、物語の全ては明らかにされていない。そんな気がするのだ』
ふたつのビデオが上映されていて ふたつとも観た。
ひとつは ワイエスの過ごした メイン州とペンシルヴェニア州を紹介するビデオ。
もうひとつは 今年の8月に撮影された ワイエスのインタビュー。
91歳のワイエスが 孫娘に インタビューされている。
6歳から絵を描きはじめて いまもなお 精力的に描きつづけているようす。
歳は関係無い 何かに刺激を受けたら すぐ行動を起こす というおはなしが よかった。
『すぐ 外に出て 行動だ 91歳だから出来ないなんて言ってられないよ』
ポストカードを 4枚買った。
★ 『早い雪』
★ 『粉挽き小屋』
★ 『昨夜』
★ 『三日月』
xxx xxx xxx
渋谷駅では 岡本太郎さんの 『明日の神話』が 公開されたところだった。
お昼をいただいたカフェのかたすみに 岡本太郎さんのお人形があった。
手のかたちをした椅子も置いてあって 座って良いって書いてあったけれど
そこはかとなくおそろしくて 座ることは出来なかった。
展覧会を観おわった帰り道 渋谷駅へ。
『明日の神話』は たいへんおおきな絵で すごく迫力があった。
第五福竜丸らしき船が描かれているあたり 鯨のいるあたりが 気に入った。
東京まででかけたついでに 六本木を うろうろ。
宮島達男さんの 『カウンター・ヴォイド』を 観に行ったのだった。
けやき坂通りは クリスマスのイルミネーション まっさかり。
さまざまな速度で 点滅する数字たち。映りこむ イルミネーション。
8という数字がすきなので 8という数字が光ったときは ちょっとうれしい。







『アンドリュー・ワイエス 創造への道程(みち)』 という展覧会。
アンドリュー・ワイエスは いっとうすきな画家。
だのに いままでいちども ほんものの作品を 観たことが無かった。
習作と 完成した作品が ならべて展示されていた。
だんだんに 構図が決まっていくようす
じつに的確に 描くべき対象が絞られていくようす
真摯に絵に向かっているようすが よくわかった。
繊細かつ大胆な筆づかい 構図の素晴らしさ。
『火打ち石』という作品では 習作には描かれていたカモメが 完成作には居なかった。
『卵の計量器』という作品では 画面から人物が消えて 卵そのものが際立っていた。
なかなかおもしろく ふむふむ観てまわる。
有名な 『クリスティーナの世界』は
習作ばかりで ほんものが展示されていなかった。
ヘルガのシリーズが とりわけだいすきなので
『ページボーイ』のほんものが観られて 感激だった。
じぶんのお姉さんを描いた 『私の姉』という作品は
紙に鉛筆で描いたもので 完成だった。
色彩など これ以上手を加える必要が 無かったのだという。
鉛筆だけで お姉さんの本質を 表せたのだそうだ。
たいへん緻密な鉛筆画は なるほど完成していた。
『雪まじりの風』という作品の横に書いてあったワイエスの言葉は メモしてきた。
『私は季節の中でも冬や秋が好きだ。 風景の中にある骨組みや孤独感、死に絶えたような雰囲気が感じられる。何かがその下に隠れていて、物語の全ては明らかにされていない。そんな気がするのだ』
ふたつのビデオが上映されていて ふたつとも観た。
ひとつは ワイエスの過ごした メイン州とペンシルヴェニア州を紹介するビデオ。
もうひとつは 今年の8月に撮影された ワイエスのインタビュー。
91歳のワイエスが 孫娘に インタビューされている。
6歳から絵を描きはじめて いまもなお 精力的に描きつづけているようす。
歳は関係無い 何かに刺激を受けたら すぐ行動を起こす というおはなしが よかった。
『すぐ 外に出て 行動だ 91歳だから出来ないなんて言ってられないよ』
ポストカードを 4枚買った。
★ 『早い雪』
★ 『粉挽き小屋』
★ 『昨夜』
★ 『三日月』
xxx xxx xxx
渋谷駅では 岡本太郎さんの 『明日の神話』が 公開されたところだった。
お昼をいただいたカフェのかたすみに 岡本太郎さんのお人形があった。
手のかたちをした椅子も置いてあって 座って良いって書いてあったけれど
そこはかとなくおそろしくて 座ることは出来なかった。
展覧会を観おわった帰り道 渋谷駅へ。
『明日の神話』は たいへんおおきな絵で すごく迫力があった。
第五福竜丸らしき船が描かれているあたり 鯨のいるあたりが 気に入った。
東京まででかけたついでに 六本木を うろうろ。
宮島達男さんの 『カウンター・ヴォイド』を 観に行ったのだった。
けやき坂通りは クリスマスのイルミネーション まっさかり。
さまざまな速度で 点滅する数字たち。映りこむ イルミネーション。
8という数字がすきなので 8という数字が光ったときは ちょっとうれしい。







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2008/10/15 (Wed)
レオナール・フジタ
宇都宮美術館 『レオナール・フジタ展』を 観にいった。
ついでに 『第2回・コレクション展』も 鑑賞した。
まずは 『第2回・コレクション展』。
展示替えされたようすで 8月に観たときと いささか違っていた。
野見山暁治 ジョルジュ・ビゴー シャガールあたりが 増えていたようにおもう。
つづいて 『レオナール・フジタ展』。
藤田嗣治の絵は たびたび目にしていて わりあい馴染み深い。
今回の展示は 幻の大作が日本初公開されていたりして
たいへん見応えのあるものだった。
独特の”乳白色”で描かれた はだかのおんなのひとたち。
やわらかそうな髪 滑らかな肌 うつくしい贅肉。
とりわけ うつくしい贅肉のようすに 見蕩れた。
毛の1本1本まで仔細に描かれ おもしろい表情を捉えられた猫の絵。
はだかの男女と動物たちが描かれている 幻の大作。
そのデッサンの数々。輪郭を 筆でぼかす手法が おもしろかった。
ちょっと悪そうな表情の こどもたちを描いた絵。
さいごの大仕事だった 教会建設。
ステンドグラス フレスコ画 こまかな装飾 風見鶏。
設計図 ちいさな模型 完成したようす。
年譜も 興味深かった。
たびたび愛するおんなのひとが変わって たびたび結婚していた。
さいしょの妻は 何年も日本に置き去りにされた後に離婚されていて ちょっと可哀想だった。
晩年には フランス国籍を取得して カトリックの洗礼を受けていた。
レオナール・フジタという あたらしい名前。
文章も いくつか展示されていた。
フランスの田舎で ひっそり暮らしはじめた頃に書かれた文章の
さいごの一節が こころに残った。
『世の中を棄てたのではない遠ざかつただけのことだ。』
晩年を過ごした フランスの田舎の 住居兼アトリエは
藤田嗣治が亡くなったのちも フランスのひとたちによって 大切に保存されていた。
亡くなったときのまま そっくりそのまま 残っているようだった。
フランスのひとたちにも 愛されているのだなあ。
ポストカードを いちまい買った。
★ 『花の洗礼』
ついでに 『第2回・コレクション展』も 鑑賞した。
まずは 『第2回・コレクション展』。
展示替えされたようすで 8月に観たときと いささか違っていた。
野見山暁治 ジョルジュ・ビゴー シャガールあたりが 増えていたようにおもう。
つづいて 『レオナール・フジタ展』。
藤田嗣治の絵は たびたび目にしていて わりあい馴染み深い。
今回の展示は 幻の大作が日本初公開されていたりして
たいへん見応えのあるものだった。
独特の”乳白色”で描かれた はだかのおんなのひとたち。
やわらかそうな髪 滑らかな肌 うつくしい贅肉。
とりわけ うつくしい贅肉のようすに 見蕩れた。
毛の1本1本まで仔細に描かれ おもしろい表情を捉えられた猫の絵。
はだかの男女と動物たちが描かれている 幻の大作。
そのデッサンの数々。輪郭を 筆でぼかす手法が おもしろかった。
ちょっと悪そうな表情の こどもたちを描いた絵。
さいごの大仕事だった 教会建設。
ステンドグラス フレスコ画 こまかな装飾 風見鶏。
設計図 ちいさな模型 完成したようす。
年譜も 興味深かった。
たびたび愛するおんなのひとが変わって たびたび結婚していた。
さいしょの妻は 何年も日本に置き去りにされた後に離婚されていて ちょっと可哀想だった。
晩年には フランス国籍を取得して カトリックの洗礼を受けていた。
レオナール・フジタという あたらしい名前。
文章も いくつか展示されていた。
フランスの田舎で ひっそり暮らしはじめた頃に書かれた文章の
さいごの一節が こころに残った。
『世の中を棄てたのではない遠ざかつただけのことだ。』
晩年を過ごした フランスの田舎の 住居兼アトリエは
藤田嗣治が亡くなったのちも フランスのひとたちによって 大切に保存されていた。
亡くなったときのまま そっくりそのまま 残っているようだった。
フランスのひとたちにも 愛されているのだなあ。
ポストカードを いちまい買った。
★ 『花の洗礼』
2008/08/17 (Sun)
いわさきちひろ
宇都宮美術館 『わたしが選んだ いわさきちひろ展』
『第2回・コレクション展』 ふたつの展示を 鑑賞した。
まずは 『第2回・コレクション展』。
シャガールの 『青い恋人たち』を じっくり観た。
展示室のかたすみに置いてあった 解説をいただいたら たいへん理解が深まった。
つづいて 『わたしが選んだ いわさきちひろ展』。
かわいらしくて あたたかくて やさしくて
生き生きとしていて つよくて 真摯。
蝶々が描かれている絵がたくさんあって うきうき観てまわった。
一般のひとや有名なひとが 絵に寄せたコメントも 興味深くみた。
アトリエとしてつかっていた 居間のようすが再現されていたり
お気に入りのチャイナドレスや時計や画具が飾られていたりした。
いわさきちひろさんの年譜には いささか衝撃を受けた。
『大人になること』 という文章が展示されていて さいごの一節が こころに残った。
『大人というものはどんなに苦労が多くても、自分のほうから人を愛していける人間になることなんだと思います。』
いつもは ポストカードしか買わないのだったが
『りんごと天使』 という絵が たいへん可愛らしかったので
ミニアートという しろいちいさい額を 買い求めた。
蝶々が描かれているものを中心に ポストカードを 5枚買った。
★ 『春の庭』
★ 『緑の幻想』
★ 『蝶と乳母車に乗ったあかちゃん』
★ 『おやゆび姫』
★ 『王子を想う人魚姫』

『第2回・コレクション展』 ふたつの展示を 鑑賞した。
まずは 『第2回・コレクション展』。
シャガールの 『青い恋人たち』を じっくり観た。
展示室のかたすみに置いてあった 解説をいただいたら たいへん理解が深まった。
つづいて 『わたしが選んだ いわさきちひろ展』。
かわいらしくて あたたかくて やさしくて
生き生きとしていて つよくて 真摯。
蝶々が描かれている絵がたくさんあって うきうき観てまわった。
一般のひとや有名なひとが 絵に寄せたコメントも 興味深くみた。
アトリエとしてつかっていた 居間のようすが再現されていたり
お気に入りのチャイナドレスや時計や画具が飾られていたりした。
いわさきちひろさんの年譜には いささか衝撃を受けた。
『大人になること』 という文章が展示されていて さいごの一節が こころに残った。
『大人というものはどんなに苦労が多くても、自分のほうから人を愛していける人間になることなんだと思います。』
いつもは ポストカードしか買わないのだったが
『りんごと天使』 という絵が たいへん可愛らしかったので
ミニアートという しろいちいさい額を 買い求めた。
蝶々が描かれているものを中心に ポストカードを 5枚買った。
★ 『春の庭』
★ 『緑の幻想』
★ 『蝶と乳母車に乗ったあかちゃん』
★ 『おやゆび姫』
★ 『王子を想う人魚姫』

2008/07/16 (Wed)
エミリー・ウングワレー
国立新美術館 『エミリー・ウングワレー展-アボリジニが生んだ天才画家-』 という展覧会。
ウングワレーさんは おばあさんになってから絵筆をとって 亡くなるまでの8年間のあいだに
3000点だか4000点だか たくさんの絵を描いた。
オーストラリアのまんなからへん 砂漠に座りこんで キャンバスを地面に置いて。
いろんな方向から描かれて 上も下も右も左も決まっていない絵。
塗りかさねられた絵の具の力強さに 目を見張る。
いのちの力に 満ちあふれている 作品の数々。
点描だったり 線画だったり 塗りたくられていたり。
動き出しそうな点々。たくましい線。鮮やかな色。
キャンバスの側面にも 点々が描かれていたり しましま模様が描かれていたり。
『ビッグ・ヤム・ドリーミング』 という絵のまえに立ったときは ぞわぞわした。
たて3メートルくらい よこ8メートルくらい とてもおおきなキャンバス。
黒く塗られているところに しろい線が 網目みたいに描きめぐらされている。
複雑に絡み合う しろい線。たった2日で描きあげたということに びっくりしてしまう。
ビデオルームで 『ビッグ・ヤム・ドリーミング』を描いているときのようすを みることが出来た。
なんの迷いも無く 素早く筆を運んで しろい線を張りめぐらしていくようす。
亡くなる2週間前まで絵を描いていて 3日間で24点もの絵を描きあげたそうだ。
絶筆となった 『私の故郷』 という絵には 犬の足あとらしきものが ぺたぺたついていた。
キャンバスを地面に置いて描いているから 犬が歩いたりもするのだった。
とても自由で とても素敵。
おおきなエネルギーを感じる 素晴らしい展覧会だった。
『何を描いているのですか?』 と訊かれたときの ウングワレーさんの答え めもめも。
『すべてのもの、そう、すべてのもの、私のドリーミング、ペンシル・ヤム、トゲトカゲ、草の種、ドリームタイムの子犬、エミュー、エミューが好んで食べる草、緑豆、ヤムイモの種、これが私の描くもの、すべてのもの』
ポストカードを 5枚買った。
★ 『エミューの女』
★ 『カーメ』
★ 『カーメ―夏のアウェリェⅠ』
★ 『ビッグ・ヤム・ドリーミング』
★ 『私の故郷』



ウングワレーさんは おばあさんになってから絵筆をとって 亡くなるまでの8年間のあいだに
3000点だか4000点だか たくさんの絵を描いた。
オーストラリアのまんなからへん 砂漠に座りこんで キャンバスを地面に置いて。
いろんな方向から描かれて 上も下も右も左も決まっていない絵。
塗りかさねられた絵の具の力強さに 目を見張る。
いのちの力に 満ちあふれている 作品の数々。
点描だったり 線画だったり 塗りたくられていたり。
動き出しそうな点々。たくましい線。鮮やかな色。
キャンバスの側面にも 点々が描かれていたり しましま模様が描かれていたり。
『ビッグ・ヤム・ドリーミング』 という絵のまえに立ったときは ぞわぞわした。
たて3メートルくらい よこ8メートルくらい とてもおおきなキャンバス。
黒く塗られているところに しろい線が 網目みたいに描きめぐらされている。
複雑に絡み合う しろい線。たった2日で描きあげたということに びっくりしてしまう。
ビデオルームで 『ビッグ・ヤム・ドリーミング』を描いているときのようすを みることが出来た。
なんの迷いも無く 素早く筆を運んで しろい線を張りめぐらしていくようす。
亡くなる2週間前まで絵を描いていて 3日間で24点もの絵を描きあげたそうだ。
絶筆となった 『私の故郷』 という絵には 犬の足あとらしきものが ぺたぺたついていた。
キャンバスを地面に置いて描いているから 犬が歩いたりもするのだった。
とても自由で とても素敵。
おおきなエネルギーを感じる 素晴らしい展覧会だった。
『何を描いているのですか?』 と訊かれたときの ウングワレーさんの答え めもめも。
『すべてのもの、そう、すべてのもの、私のドリーミング、ペンシル・ヤム、トゲトカゲ、草の種、ドリームタイムの子犬、エミュー、エミューが好んで食べる草、緑豆、ヤムイモの種、これが私の描くもの、すべてのもの』
ポストカードを 5枚買った。
★ 『エミューの女』
★ 『カーメ』
★ 『カーメ―夏のアウェリェⅠ』
★ 『ビッグ・ヤム・ドリーミング』
★ 『私の故郷』



2008/06/19 (Thu)
Twelve Travels
栃木県立美術館 『十二の旅:感性と経験のイギリス美術』 という展覧会。
22日に終わってしまうので いそいそでかけた。
イギリスの美術は 旅のなかで発展していったのだという視点のもとに
12組のイギリスの芸術家が 紹介されていた。
常設展や企画展でみたことのある作品も ちらほら。
見覚えのある作品を さらに深く知ることが出来る展示内容だった。
ダーツの旅で 世界のどこかにでかけてゆき
その地表のようすを 手作りで完璧に再現する作品は
ボイル・ファミリーという4人家族の作品なのだということを おぼえた。
(3年位前にも観たのだったが おなまえを憶えられなかったのだった)
地球の一部分を まるで切り取って持ってきてしまったかのような おもしろさ。
ヘンリー・ムーアの彫刻は むつかしかった。
タイトルに 人体 とか 糸つむぎ とか 書かれているのだったが
ちっとも人のかたちに見えないし どのあたりが糸つむぎなのかわからない。
彫刻のまわりを ぐるぐる ぐるぐる みてまわった。
いささか 目が回った。
アンソニー・グリーンというひとは キャンバスのかたちがおもしろいのだった。
三角だったり 複雑なかたちの多角形だったり いろいろだった。
しかくいキャンバスに描こうという気持ちは あんまりないみたい。
しかくいキャンバスに描かれた絵もあったけれど しかくいキャンバスにみえなかった。
魚眼レンズで覗いているみたいな 構図もおもしろいのだった。
デイヴィッド・ナッシュは 日光の山奥にやってきて
樹を組み立てて あれこれつくったひと。
『歩く梯子』 という作品が とりわけ素敵。
アンディー・ゴールズワージーを 堪能できたので よかった。
自然のものをつかって 自然のなかで制作する。
葉っぱや 枝や 石や 岩や 雪や 日の光が アートになる。
作品は やがて自然に還ってしまうので 写真に収められている。
早朝から作業をはじめて タイトルに『寒い』とか『眠い』とか 書いてあったりする。
葉っぱや石をこつこつ並べて うつくしいグラデーションをつくりだしてみたり。
葉っぱの葉脈だけ残してちぎってみたり 葉っぱを松の葉で縫い合わせてみたり。
川のなかの岩に 赤い葉っぱばかり貼り付けてみたり 黄色い葉っぱばかり貼り付けてみたり。
雪を固めたり削ったり 朝日を浴びて溶けるのを待ってみたり。
なんておもしろいんでしょう!
4月27日にリニューアルオープンしてから 初めての訪問だったのだが
常設展のほうには あたらしく マイセン磁器展示室という小部屋が出来ていた。
(以前 ひきだし式の版画の展示のあったあたりが すっかり変わっていた)
花や鳥で豪奢に飾りつけられたシャンデリアや
ちいさな花がたくさん貼り付けられている磁器などを
いつでもみることができる。たいへんうつくしくこまかくよくつくられている。
ミュージアムショップのおとなりのトイレが あたらしくなっていて
人が入ってゆくと電気が付くしくみになっていた。未来的だなあ。
美術館をたのしんだあとは おとなりの SAKURA CAFE AND KITCHENへ。
わたしのなかで 県立美術館とSAKURA CAFEは セットになっているのだった。

22日に終わってしまうので いそいそでかけた。
イギリスの美術は 旅のなかで発展していったのだという視点のもとに
12組のイギリスの芸術家が 紹介されていた。
常設展や企画展でみたことのある作品も ちらほら。
見覚えのある作品を さらに深く知ることが出来る展示内容だった。
ダーツの旅で 世界のどこかにでかけてゆき
その地表のようすを 手作りで完璧に再現する作品は
ボイル・ファミリーという4人家族の作品なのだということを おぼえた。
(3年位前にも観たのだったが おなまえを憶えられなかったのだった)
地球の一部分を まるで切り取って持ってきてしまったかのような おもしろさ。
ヘンリー・ムーアの彫刻は むつかしかった。
タイトルに 人体 とか 糸つむぎ とか 書かれているのだったが
ちっとも人のかたちに見えないし どのあたりが糸つむぎなのかわからない。
彫刻のまわりを ぐるぐる ぐるぐる みてまわった。
いささか 目が回った。
アンソニー・グリーンというひとは キャンバスのかたちがおもしろいのだった。
三角だったり 複雑なかたちの多角形だったり いろいろだった。
しかくいキャンバスに描こうという気持ちは あんまりないみたい。
しかくいキャンバスに描かれた絵もあったけれど しかくいキャンバスにみえなかった。
魚眼レンズで覗いているみたいな 構図もおもしろいのだった。
デイヴィッド・ナッシュは 日光の山奥にやってきて
樹を組み立てて あれこれつくったひと。
『歩く梯子』 という作品が とりわけ素敵。
アンディー・ゴールズワージーを 堪能できたので よかった。
自然のものをつかって 自然のなかで制作する。
葉っぱや 枝や 石や 岩や 雪や 日の光が アートになる。
作品は やがて自然に還ってしまうので 写真に収められている。
早朝から作業をはじめて タイトルに『寒い』とか『眠い』とか 書いてあったりする。
葉っぱや石をこつこつ並べて うつくしいグラデーションをつくりだしてみたり。
葉っぱの葉脈だけ残してちぎってみたり 葉っぱを松の葉で縫い合わせてみたり。
川のなかの岩に 赤い葉っぱばかり貼り付けてみたり 黄色い葉っぱばかり貼り付けてみたり。
雪を固めたり削ったり 朝日を浴びて溶けるのを待ってみたり。
なんておもしろいんでしょう!
4月27日にリニューアルオープンしてから 初めての訪問だったのだが
常設展のほうには あたらしく マイセン磁器展示室という小部屋が出来ていた。
(以前 ひきだし式の版画の展示のあったあたりが すっかり変わっていた)
花や鳥で豪奢に飾りつけられたシャンデリアや
ちいさな花がたくさん貼り付けられている磁器などを
いつでもみることができる。たいへんうつくしくこまかくよくつくられている。
ミュージアムショップのおとなりのトイレが あたらしくなっていて
人が入ってゆくと電気が付くしくみになっていた。未来的だなあ。
美術館をたのしんだあとは おとなりの SAKURA CAFE AND KITCHENへ。
わたしのなかで 県立美術館とSAKURA CAFEは セットになっているのだった。

2008/06/18 (Wed)
パスキン
宇都宮美術館に でかけた。
3つの展示室で それぞれべつの展示がおこなわれていた。
『第1回・コレクション展』
『無限への立ち位置―河口龍夫の1970年代展』
『パスキン、エコール・ド・パリの「リベルタン(自由人)」』
ぜんぶ観られるチケットが 600円とは お得なかんじだった。
まずは 『第1回・コレクション展』。
すっかりおなじみ マグリットの 『大家族』 『夢』
シャガール デュフィ カンディンスキー ロシアの広告ポスター などなど
さらりと みてまわった。
つぎに 『無限への立ち位置―河口龍夫の1970年代展』。
鉄 鉛 ブロンズ 紙 布 木 写真 電気 コード 水 ベル 蛍光灯
いろいろなものを用いてつくられた なかなか難解な 作品の数々。
原稿用紙数枚のマス目の 文字があるべきところに 煙草の焦げ跡のような
まるい穴が延々と連なっている作品が おもしろかった。
まいにち昼間の12時に かならず写真を撮るという試みのもとに成り立っている作品を
たいへん興味深く 眺めた。
さいごに 『パスキン、エコール・ド・パリの「リベルタン(自由人)」』。
入り口で 鉛筆を借りることが出来たので メモをとりながら 丹念に観た。
パスキンというひとについて 何も知らずに観にいったのだけれど 存外愉しめた。
遊び人だったようすや 旅行好きだったようすが 垣間見られた。
身近な光景や おんなのひとを 好んで描いたようだった。
とりわけ はだかのおんなのひとを描いた作品が 多かった。
なかには 排泄しているようすや 愛の行為の最中を描いたものまであった。
少女を描いたものは 服を着ていたので いささか安堵した。
絵の裏側も観られるように展示されている作品が ひそかにすきなのだった。
『みづくろいする女』 という絵には 妻エルミーヌの姿が描かれているのだったが
裏側は 『男たち(カフェの庭で)』 という絵だった。
『三人の女たち』 という絵の裏側は 『(腰掛ける女)』 という絵で
腰掛けているというよりは ほとんど寝そべっているようにみえる女が描かれていた。
絵の周りを くるくる観てまわるのが 愉しいのだった。
パスキンさんは 45歳のとき
アトリエの浴室で 手首を切って 亡くなったのだそうだ。
以下 解説に書かれていた パスキンさんの言葉など めもめも。
『主義、主義って、どうでもいいじゃないか。目の前にふるいつきたくなるようなモデルがいるってことが人生、つまり芸術そのものだろ。』
『人間は、とりわけ芸術家は、45歳以上生きていることはない。―もしも、それまでにベストをつくせなかったとしても、その後になって、名声を高める程のものをうみ出すということはないだろう』
『自由人(Homme libre) 見果てぬ夢と欲望の勇士は 血まみれの両手で黄金の扉を押さん (パスキンさんのお墓に刻まれている言葉)』
ミュージアムショップで ポストカードを 2枚買った。
★ ジュル・パスキン 『花束を持つ少女』
★ ジュル・パスキン 『白いリボンの少女』
3つの展示室で それぞれべつの展示がおこなわれていた。
『第1回・コレクション展』
『無限への立ち位置―河口龍夫の1970年代展』
『パスキン、エコール・ド・パリの「リベルタン(自由人)」』
ぜんぶ観られるチケットが 600円とは お得なかんじだった。
まずは 『第1回・コレクション展』。
すっかりおなじみ マグリットの 『大家族』 『夢』
シャガール デュフィ カンディンスキー ロシアの広告ポスター などなど
さらりと みてまわった。
つぎに 『無限への立ち位置―河口龍夫の1970年代展』。
鉄 鉛 ブロンズ 紙 布 木 写真 電気 コード 水 ベル 蛍光灯
いろいろなものを用いてつくられた なかなか難解な 作品の数々。
原稿用紙数枚のマス目の 文字があるべきところに 煙草の焦げ跡のような
まるい穴が延々と連なっている作品が おもしろかった。
まいにち昼間の12時に かならず写真を撮るという試みのもとに成り立っている作品を
たいへん興味深く 眺めた。
さいごに 『パスキン、エコール・ド・パリの「リベルタン(自由人)」』。
入り口で 鉛筆を借りることが出来たので メモをとりながら 丹念に観た。
パスキンというひとについて 何も知らずに観にいったのだけれど 存外愉しめた。
遊び人だったようすや 旅行好きだったようすが 垣間見られた。
身近な光景や おんなのひとを 好んで描いたようだった。
とりわけ はだかのおんなのひとを描いた作品が 多かった。
なかには 排泄しているようすや 愛の行為の最中を描いたものまであった。
少女を描いたものは 服を着ていたので いささか安堵した。
絵の裏側も観られるように展示されている作品が ひそかにすきなのだった。
『みづくろいする女』 という絵には 妻エルミーヌの姿が描かれているのだったが
裏側は 『男たち(カフェの庭で)』 という絵だった。
『三人の女たち』 という絵の裏側は 『(腰掛ける女)』 という絵で
腰掛けているというよりは ほとんど寝そべっているようにみえる女が描かれていた。
絵の周りを くるくる観てまわるのが 愉しいのだった。
パスキンさんは 45歳のとき
アトリエの浴室で 手首を切って 亡くなったのだそうだ。
以下 解説に書かれていた パスキンさんの言葉など めもめも。
『主義、主義って、どうでもいいじゃないか。目の前にふるいつきたくなるようなモデルがいるってことが人生、つまり芸術そのものだろ。』
『人間は、とりわけ芸術家は、45歳以上生きていることはない。―もしも、それまでにベストをつくせなかったとしても、その後になって、名声を高める程のものをうみ出すということはないだろう』
『自由人(Homme libre) 見果てぬ夢と欲望の勇士は 血まみれの両手で黄金の扉を押さん (パスキンさんのお墓に刻まれている言葉)』
ミュージアムショップで ポストカードを 2枚買った。
★ ジュル・パスキン 『花束を持つ少女』
★ ジュル・パスキン 『白いリボンの少女』
2007/05/27 (Sun)
新日曜美術館
新日曜美術館 『銅版に刻まれた生 伝説の版画家・菊池伶司』
という番組をみているあいだじゅう 鳥肌が止まらなかった。
菊池伶司さんは 21歳のときに銅版画を学び始めて 22歳のときに病気で亡くなるのだったが
1年半のあいだに 60点もの作品を 遺したのだという。
解剖図や標本のような作品。じぶんの手のかたちを写しとった作品。
読めそうで読めない 謎の文字が あちらこちらに書き込まれている作品。
命が刻み込まれている 作品の数々。
日記のなかに書かれていた 『人間が本当に生きているという確証はあるのだろうか』
というような言葉に どきりとした。
という番組をみているあいだじゅう 鳥肌が止まらなかった。
菊池伶司さんは 21歳のときに銅版画を学び始めて 22歳のときに病気で亡くなるのだったが
1年半のあいだに 60点もの作品を 遺したのだという。
解剖図や標本のような作品。じぶんの手のかたちを写しとった作品。
読めそうで読めない 謎の文字が あちらこちらに書き込まれている作品。
命が刻み込まれている 作品の数々。
日記のなかに書かれていた 『人間が本当に生きているという確証はあるのだろうか』
というような言葉に どきりとした。
2007/03/15 (Thu)
愛のかけら
『宇都宮美術館開館10周年記念展 シャガール、その愛のかけら』 という展覧会。
シャガールという画家について じつは今まで あんまり興味が無かった。
幾度か目にする機会はあったのだけれど それほど心惹かれなかったのだった。
さまざまなモチーフがちりばめられた絵に 散漫な印象さえ持っていた。
受付で 宇都宮美術館のひとがイラストを描かれた 鑑賞ガイドをいただいた。
とてもユーモラスで とてもかわいらしい。
『パイプを持つ男』 という絵は 絵の裏側も観られるように展示されていた。
裏側には 『静物』 が描かれているのだった。
絵の周りを くるくる 観てまわった。
『青い恋人たち』 という絵は ひときわうつくしい絵だった。
その手前に 『青い恋人たち』 と まるでおなじ構図の絵があった。
おなじように 恋人たちと 月と 花が 描かれている。
『青い恋人たち』 よりも 幾分やわらかい色調。
いたく気に入ったのだったが なんというタイトルだったか 失念してしまった。
展示室のさいごには シャガールさんの手の写真があった。
たくさんの絵を生みだした しわしわの手。
解説を読みながら 丹念に観てまわった。
シャガールの絵のなかには 愛がちりばめられている
ということが わかった。
ミュージアムショップで ポストカードを 2枚買った。
★ 『緑、赤、青の恋人たち(街の上で)』
★ 『青い恋人たち』
シャガールという画家について じつは今まで あんまり興味が無かった。
幾度か目にする機会はあったのだけれど それほど心惹かれなかったのだった。
さまざまなモチーフがちりばめられた絵に 散漫な印象さえ持っていた。
受付で 宇都宮美術館のひとがイラストを描かれた 鑑賞ガイドをいただいた。
とてもユーモラスで とてもかわいらしい。
『パイプを持つ男』 という絵は 絵の裏側も観られるように展示されていた。
裏側には 『静物』 が描かれているのだった。
絵の周りを くるくる 観てまわった。
『青い恋人たち』 という絵は ひときわうつくしい絵だった。
その手前に 『青い恋人たち』 と まるでおなじ構図の絵があった。
おなじように 恋人たちと 月と 花が 描かれている。
『青い恋人たち』 よりも 幾分やわらかい色調。
いたく気に入ったのだったが なんというタイトルだったか 失念してしまった。
展示室のさいごには シャガールさんの手の写真があった。
たくさんの絵を生みだした しわしわの手。
解説を読みながら 丹念に観てまわった。
シャガールの絵のなかには 愛がちりばめられている
ということが わかった。
ミュージアムショップで ポストカードを 2枚買った。
★ 『緑、赤、青の恋人たち(街の上で)』
★ 『青い恋人たち』
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