バタフライナイフ
http://butterflyknife.blog.shinobi.jp/
2013/11/14 (Thu)
ターナー
上野の 東京都美術館に ターナー展を みにいった。
わたしの暮らす街にある 栃木県立美術館には ターナーの絵があって
イギリスの絵をあつめた企画展も しばしばひらかれたりしているので
ターナーさんは おなじみのかんじ。
ターナーさんの絵がたくさんあつまっていて 見応えがあった。
色彩の実験をした習作や 晩年の未完成とおもわれる絵もあった。
まめちしきみたいな解説が おもしろかった。
”実家は床屋”とか ”趣味は魚釣り”とか ”秘密主義”とか。
いちばんつかった色は クロームイエロー とか。
ターナーさんの絵の具箱が展示されていて しげしげ眺めた。
当時はまだチューブ入りの絵の具は出回っていなくて 豚の膀胱に絵の具を詰めていたんだって。
なるほど豚の膀胱らしき まあるいものが たくさん並んでる。
そのなかに 1本だけ 当時めずらしかったチューブ入り絵の具があって
それが クロームイエローという色なのだった。
旅をしながら絵を描いたようすも わかった。
実際持ち歩いていたスケッチブックも 展示されているのだった。
おともだちが亡くなったときに描かれた 『平和―水葬』という絵が こころにのこった。
黒い色に込めた想い。水辺を飛ぶ鳥に託した意味。
栃木県立美術館蔵の 『風景:タンバリンを持つ女』は さいごの部屋に展示されていた。
おなじみの絵を ちがう場所でみるのって なかなか新鮮。
それにしても 東京の美術館は 大混雑だった。なんてひとが多いのかしら。
行列をつくって 人垣越しに絵をみたりするので とってもくたびれちゃう。
地元の美術館で ほかに誰もいない静けさのなかで
『風景:タンバリンを持つ女』を鑑賞できるのは 贅沢なことだったんだなあ。
ターナーさんは ひかりの表現が うつくしかった。
月のひかり のぼる太陽 しずむ太陽 映る水面のきらめき。
まわりの景色まで とろけだすような 眩さ。
ミュージアムショップで ポストカードを 5枚 買い求めた。
『月光、ミルバンクより眺めた習作』
『バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨』
『レグルス』
『湖に沈む夕陽』
『平和―水葬』
∞ ∞ ∞
(美術館のあと 上野動物園をたんけんしたので 写真をのせます)
(あるいているパンダがリーリー すわっているパンダがシンシン) (たぶん・・・)




わたしの暮らす街にある 栃木県立美術館には ターナーの絵があって
イギリスの絵をあつめた企画展も しばしばひらかれたりしているので
ターナーさんは おなじみのかんじ。
ターナーさんの絵がたくさんあつまっていて 見応えがあった。
色彩の実験をした習作や 晩年の未完成とおもわれる絵もあった。
まめちしきみたいな解説が おもしろかった。
”実家は床屋”とか ”趣味は魚釣り”とか ”秘密主義”とか。
いちばんつかった色は クロームイエロー とか。
ターナーさんの絵の具箱が展示されていて しげしげ眺めた。
当時はまだチューブ入りの絵の具は出回っていなくて 豚の膀胱に絵の具を詰めていたんだって。
なるほど豚の膀胱らしき まあるいものが たくさん並んでる。
そのなかに 1本だけ 当時めずらしかったチューブ入り絵の具があって
それが クロームイエローという色なのだった。
旅をしながら絵を描いたようすも わかった。
実際持ち歩いていたスケッチブックも 展示されているのだった。
おともだちが亡くなったときに描かれた 『平和―水葬』という絵が こころにのこった。
黒い色に込めた想い。水辺を飛ぶ鳥に託した意味。
栃木県立美術館蔵の 『風景:タンバリンを持つ女』は さいごの部屋に展示されていた。
おなじみの絵を ちがう場所でみるのって なかなか新鮮。
それにしても 東京の美術館は 大混雑だった。なんてひとが多いのかしら。
行列をつくって 人垣越しに絵をみたりするので とってもくたびれちゃう。
地元の美術館で ほかに誰もいない静けさのなかで
『風景:タンバリンを持つ女』を鑑賞できるのは 贅沢なことだったんだなあ。
ターナーさんは ひかりの表現が うつくしかった。
月のひかり のぼる太陽 しずむ太陽 映る水面のきらめき。
まわりの景色まで とろけだすような 眩さ。
ミュージアムショップで ポストカードを 5枚 買い求めた。
『月光、ミルバンクより眺めた習作』
『バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨』
『レグルス』
『湖に沈む夕陽』
『平和―水葬』
∞ ∞ ∞
(美術館のあと 上野動物園をたんけんしたので 写真をのせます)
(あるいているパンダがリーリー すわっているパンダがシンシン) (たぶん・・・)




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2013/10/03 (Thu)
石田徹也
足利市立美術館 『石田徹也展―ノート、夢のしるし』 という展覧会。
108点の作品と 下絵やアイデアをしたためたノートやスケッチブック。
小学校の時分に賞を獲ったポスターや ジーパンや時計に絵を描いたものもあった。
漫画の原稿もあった。フラッシュの描き方が独特。
高崎だるまに あの独特のおとこのひとの顔を描いたものがあった。
しろいだるまには 銀色のパイプやら排水溝やらついていて 便器を模しているらしい。
おとこのひとは 両の目から 涙を流している。しずかに しずかに 泣いている。
『深海魚』という絵が とってもよかった。映る世界。むこう側。こちら側。浮遊感。
『無題』の 熱帯魚たちがバスに泳いでいく絵も よかった。およぐさかな。
『飛べなくなった人』のまえでは またもや しばし立ち尽くした。
それから 2005年 さいごに取り組んでいた作品。
石田さんによく似た 虚ろな顔のおとこのひとが つくえに向かっているんだけれど
つくえのうえには まっしろな画用紙。からっぽの絵の具箱。
この絵のまえでも ずいぶんながいこと ぼんやりした。
『生きている実感のなさ』
『自分のためだけに良い絵を描いていきたい。』
『結局絵って見る人によるんです。どんな風にでも。』
いもうとが 連れてってくれるって云ってたけれど
おことわりして ひとりぽっちで 観にいったのだった。
石田徹也さんの絵には ひとりぽっちで向きあいたかったんだ。
だって そこには 孤独が描かれているから。
ミュージアムショップで ポストカードを 買い求めた。
『飛べなくなった人』
『燃料補給のような食事』
奈良美智さんのポストカードも 1種類だけ売っていたので 手にいれた。
『Standing on the Lonely Stilt』 というタイトルの
こんかいの展覧会に ちょうど似合っているかんじの 孤独が描かれているもの。

108点の作品と 下絵やアイデアをしたためたノートやスケッチブック。
小学校の時分に賞を獲ったポスターや ジーパンや時計に絵を描いたものもあった。
漫画の原稿もあった。フラッシュの描き方が独特。
高崎だるまに あの独特のおとこのひとの顔を描いたものがあった。
しろいだるまには 銀色のパイプやら排水溝やらついていて 便器を模しているらしい。
おとこのひとは 両の目から 涙を流している。しずかに しずかに 泣いている。
『深海魚』という絵が とってもよかった。映る世界。むこう側。こちら側。浮遊感。
『無題』の 熱帯魚たちがバスに泳いでいく絵も よかった。およぐさかな。
『飛べなくなった人』のまえでは またもや しばし立ち尽くした。
それから 2005年 さいごに取り組んでいた作品。
石田さんによく似た 虚ろな顔のおとこのひとが つくえに向かっているんだけれど
つくえのうえには まっしろな画用紙。からっぽの絵の具箱。
この絵のまえでも ずいぶんながいこと ぼんやりした。
『生きている実感のなさ』
『自分のためだけに良い絵を描いていきたい。』
『結局絵って見る人によるんです。どんな風にでも。』
いもうとが 連れてってくれるって云ってたけれど
おことわりして ひとりぽっちで 観にいったのだった。
石田徹也さんの絵には ひとりぽっちで向きあいたかったんだ。
だって そこには 孤独が描かれているから。
ミュージアムショップで ポストカードを 買い求めた。
『飛べなくなった人』
『燃料補給のような食事』
奈良美智さんのポストカードも 1種類だけ売っていたので 手にいれた。
『Standing on the Lonely Stilt』 というタイトルの
こんかいの展覧会に ちょうど似合っているかんじの 孤独が描かれているもの。

2013/05/30 (Thu)
クリムト
宇都宮美術館 『生誕150周年 クリムト 黄金の騎士をめぐる物語』 という展覧会。
初期のデッサンは じつに正確で とっても上手。
油彩画も おなじみの作風とはぜんぜんちがっている。
ひかりと 影の うつくしさ。
フェルメールみたいに 瞳のひかりやネックレスの輝きを しろい点々であらわしていた。
『哲学』『医学』『法学』は ウィーン大学大講堂の 天井画として描かれたもの。
ほんものは焼失していて 展示されていたのは 原寸大の おおきな写真パネル。
描かれた当時は センセーショナルな表現が受け入れられず 厳しい批判を浴びたのだという。
はだかのおんなのひとたち。こちらをみている目。胎児とか髑髏とか。
こまかいところまでうつくしく たいへん迫力があった。
『人生は戦いなり(黄金の騎士)』は 愛知県美術館が所蔵していて
展覧会のポスターにもつかわれている絵。いいタイトルだなあ。
金色 文様 花々 きらきら。
かたすみに 蛇がいる。邪悪な蛇。誘惑の蛇。
『アッター湖畔』という風景画は たいへん興味深かった。
おなじみの作風とは だいぶんちがっていて 大胆な筆づかい。
湖に焦点をあてた構図で 水面のさざなみのようすばかりが 丹念に描かれている。
厚紙でつくられた正方形の枠を 風景のまえにかざして モチーフを探したのだという。
だので クリムトの風景画は 基本的に正方形なんですって。
『ストックレー・フリーズ』は ストックレーさんの おうちのなか
食堂の壁に 描かれたもの。家具とともに展示されて おへやが再現されていた。
金色 ぐるぐる模様 かたく抱擁する男女 ちょうちょ。
『薔薇の茂み』という ちょうちょが描かれているあたり おきにいり。
日本初公開の 『赤子(揺りかご)』。
晩年に わずか1ヶ月というみじかい制作期間で 描かれたもの。
ベイビーに 見下ろされているかんじ。大胆な構図。
荒々しいちからづよい筆致の 躍動感。
金色や文様を多用するクリムトが 影響を受けた ジャポニズム。
日本のうつくしい金屏風や工芸品が あわせて展示されていて おもしろかった。
とりわけ 中形糸入型紙は こまかくよくつくられていて みとれちゃう。
∞ ∞ ∞
コレクション展も 堪能した。
袴田京太朗さんの『野蛮』と 松本哲男さんの『地から宙(グランドキャニオン)』が
ならべて展示されている空間は たいへん神秘的な空気を醸しだしていて
いつまでも其処でみていたいきもちだった。
袴田京太朗さんの『野蛮』は ファイバーグラスと布と木でつくられた
おおきな造形で しろい蓮の花のようにみえる。
はなびらのような内側に 木製のしろい円柱の部分がふたつあって それは棺桶らしい。
はなびらのようにみえるところは ちかづいてよくみると
しろいおはなの地模様があって 会場のひかりに透かしてみるととてもきれい。
とってもうつくしいのに タイトルはなぜだか 『野蛮』なのだった。
きょねん亡くなられた松本哲男さんの 『地から宙(グランド・キャニオン)』。
横幅8メートルもある おおきな おおきな 絵。
絵のまえに立つと 壮大なグランド・キャニオンに 吸い込まれてしまいそう。
佐藤時啓さんの 『光―呼吸 Utsunomiya #1』 という作品は
宇都宮美術館のひろいひろいお庭にある1本の樹をメインにした 写真の作品。
樹の幹のまわりには どのようにしてこしらえたものか
しろいひかりが たくさん ちりばめられていて
蛍みたいで うつくしいのだった。
∞ ∞ ∞
ミュージアムショップで ポストカードを 9枚 買い求めた。
『人生は戦いなり(黄金の騎士)』
『赤子(揺りかご)』
『アッター湖畔』
『哲学』
『医学』
『法学』
『ストックレー・フリーズ(下絵) 薔薇の茂み』
『ストックレー・フリーズ(下絵) 期待』
『ストックレー・フリーズ(下絵) 成熟(抱擁)』
初期のデッサンは じつに正確で とっても上手。
油彩画も おなじみの作風とはぜんぜんちがっている。
ひかりと 影の うつくしさ。
フェルメールみたいに 瞳のひかりやネックレスの輝きを しろい点々であらわしていた。
『哲学』『医学』『法学』は ウィーン大学大講堂の 天井画として描かれたもの。
ほんものは焼失していて 展示されていたのは 原寸大の おおきな写真パネル。
描かれた当時は センセーショナルな表現が受け入れられず 厳しい批判を浴びたのだという。
はだかのおんなのひとたち。こちらをみている目。胎児とか髑髏とか。
こまかいところまでうつくしく たいへん迫力があった。
『人生は戦いなり(黄金の騎士)』は 愛知県美術館が所蔵していて
展覧会のポスターにもつかわれている絵。いいタイトルだなあ。
金色 文様 花々 きらきら。
かたすみに 蛇がいる。邪悪な蛇。誘惑の蛇。
『アッター湖畔』という風景画は たいへん興味深かった。
おなじみの作風とは だいぶんちがっていて 大胆な筆づかい。
湖に焦点をあてた構図で 水面のさざなみのようすばかりが 丹念に描かれている。
厚紙でつくられた正方形の枠を 風景のまえにかざして モチーフを探したのだという。
だので クリムトの風景画は 基本的に正方形なんですって。
『ストックレー・フリーズ』は ストックレーさんの おうちのなか
食堂の壁に 描かれたもの。家具とともに展示されて おへやが再現されていた。
金色 ぐるぐる模様 かたく抱擁する男女 ちょうちょ。
『薔薇の茂み』という ちょうちょが描かれているあたり おきにいり。
日本初公開の 『赤子(揺りかご)』。
晩年に わずか1ヶ月というみじかい制作期間で 描かれたもの。
ベイビーに 見下ろされているかんじ。大胆な構図。
荒々しいちからづよい筆致の 躍動感。
金色や文様を多用するクリムトが 影響を受けた ジャポニズム。
日本のうつくしい金屏風や工芸品が あわせて展示されていて おもしろかった。
とりわけ 中形糸入型紙は こまかくよくつくられていて みとれちゃう。
∞ ∞ ∞
コレクション展も 堪能した。
袴田京太朗さんの『野蛮』と 松本哲男さんの『地から宙(グランドキャニオン)』が
ならべて展示されている空間は たいへん神秘的な空気を醸しだしていて
いつまでも其処でみていたいきもちだった。
袴田京太朗さんの『野蛮』は ファイバーグラスと布と木でつくられた
おおきな造形で しろい蓮の花のようにみえる。
はなびらのような内側に 木製のしろい円柱の部分がふたつあって それは棺桶らしい。
はなびらのようにみえるところは ちかづいてよくみると
しろいおはなの地模様があって 会場のひかりに透かしてみるととてもきれい。
とってもうつくしいのに タイトルはなぜだか 『野蛮』なのだった。
きょねん亡くなられた松本哲男さんの 『地から宙(グランド・キャニオン)』。
横幅8メートルもある おおきな おおきな 絵。
絵のまえに立つと 壮大なグランド・キャニオンに 吸い込まれてしまいそう。
佐藤時啓さんの 『光―呼吸 Utsunomiya #1』 という作品は
宇都宮美術館のひろいひろいお庭にある1本の樹をメインにした 写真の作品。
樹の幹のまわりには どのようにしてこしらえたものか
しろいひかりが たくさん ちりばめられていて
蛍みたいで うつくしいのだった。
∞ ∞ ∞
ミュージアムショップで ポストカードを 9枚 買い求めた。
『人生は戦いなり(黄金の騎士)』
『赤子(揺りかご)』
『アッター湖畔』
『哲学』
『医学』
『法学』
『ストックレー・フリーズ(下絵) 薔薇の茂み』
『ストックレー・フリーズ(下絵) 期待』
『ストックレー・フリーズ(下絵) 成熟(抱擁)』
2011/11/10 (Thu)
画家たちの二十歳の原点
足利市立美術館 『画家たちの二十歳の原点』 という展覧会。
展覧会のなまえは 高野悦子さんの『二十歳の原点』から。
なつかしい。高校時代の 愛読書だった。
石田徹也さんの作品が展示されていることもあって いそいそでかけた。
さまざまな画家の 20歳頃の作品。
若くして亡くなった方もあったし 長生きした方もあった。ご健在で絶賛活躍中の方もあった。
草間彌生さんは 若い時分から おそろしい絵を描くひとだったんだなあ。
お目当ての 石田徹也さんは 3作品を鑑賞した。
『燃料補給のような食事』 『飛べなくなった人』 『ビアガーデン発』。
『燃料補給のような食事』 『飛べなくなった人』 は 独特の
いちど観たらわすれない かなしい顔のおとこのひとたちが描かれていて
絵のまえで しばし 立ち尽くした。
あの無表情さが こころを捉えて はなさない。
『ビアガーデン発』は すこし作風がちがっていて
あかるい色調で うっすら笑っているおとこのひとたちが描かれているんだけれど
やっぱりどこか すこしさみしい。
日本画を学んだという桂ゆきさんの作品や
毒々しいかんじの高畑正さんの作品など
あたらしいおきにいりも ちらほらみつかった。
絵もすばらしかったが 傍らに添えられた言葉も いちいち良かった。
日記やら制作ノートやらに書かれた言葉も 紹介されているのだった。
青春時代の 感情の吐露には しばしば真実がある。
以下 こころに響いた言葉 めもめも。
『僕は何の役にも立たない。
僕は今、只今幸福を求める。』
『僕は天才でないかもしれない。それもいい。
僕はやりたい事の総てをなそうと努める。』
―(萬鐵五郎)
『かりの世のかりのいのちのふるまひやわがうたふ歌さびしかりけり』
―(田中恭吉)
『いのちを描くこと。
いまのおれ自身の生きざまを描くこと。
そして、ほんとうの命を生きること。』
―(高畑正)
『私はおそろしく無口な子供で、内心にあることの百分の一も言葉に出すことができなかった。
心の中の受信機は、いろんなものを、ガラクタのきれっぱしまでキャッチするが、さてこちらからなにか言葉を発信するとなると、なんにも出てこない。しゃべる才能が欠如していた。
だから次第に人間と話をするより、狐とか、木とか、虫とか、鳥とかその他の動物と話するほうが、めんどうくさくなくて、ぐあいがよくなった。』
―(桂ゆき)
『聖者のような芸術家に強くひかれる。
「一筆一筆置くたびに、世界が救われていく」と本気で信じたり、
「羊の頭の中に全人類の痛みをきく」ことのできる人たちのことだ。
自分が俗物だと思い知らされます。』
―(石田徹也)
展覧会のなまえは 高野悦子さんの『二十歳の原点』から。
なつかしい。高校時代の 愛読書だった。
石田徹也さんの作品が展示されていることもあって いそいそでかけた。
さまざまな画家の 20歳頃の作品。
若くして亡くなった方もあったし 長生きした方もあった。ご健在で絶賛活躍中の方もあった。
草間彌生さんは 若い時分から おそろしい絵を描くひとだったんだなあ。
お目当ての 石田徹也さんは 3作品を鑑賞した。
『燃料補給のような食事』 『飛べなくなった人』 『ビアガーデン発』。
『燃料補給のような食事』 『飛べなくなった人』 は 独特の
いちど観たらわすれない かなしい顔のおとこのひとたちが描かれていて
絵のまえで しばし 立ち尽くした。
あの無表情さが こころを捉えて はなさない。
『ビアガーデン発』は すこし作風がちがっていて
あかるい色調で うっすら笑っているおとこのひとたちが描かれているんだけれど
やっぱりどこか すこしさみしい。
日本画を学んだという桂ゆきさんの作品や
毒々しいかんじの高畑正さんの作品など
あたらしいおきにいりも ちらほらみつかった。
絵もすばらしかったが 傍らに添えられた言葉も いちいち良かった。
日記やら制作ノートやらに書かれた言葉も 紹介されているのだった。
青春時代の 感情の吐露には しばしば真実がある。
以下 こころに響いた言葉 めもめも。
『僕は何の役にも立たない。
僕は今、只今幸福を求める。』
『僕は天才でないかもしれない。それもいい。
僕はやりたい事の総てをなそうと努める。』
―(萬鐵五郎)
『かりの世のかりのいのちのふるまひやわがうたふ歌さびしかりけり』
―(田中恭吉)
『いのちを描くこと。
いまのおれ自身の生きざまを描くこと。
そして、ほんとうの命を生きること。』
―(高畑正)
『私はおそろしく無口な子供で、内心にあることの百分の一も言葉に出すことができなかった。
心の中の受信機は、いろんなものを、ガラクタのきれっぱしまでキャッチするが、さてこちらからなにか言葉を発信するとなると、なんにも出てこない。しゃべる才能が欠如していた。
だから次第に人間と話をするより、狐とか、木とか、虫とか、鳥とかその他の動物と話するほうが、めんどうくさくなくて、ぐあいがよくなった。』
―(桂ゆき)
『聖者のような芸術家に強くひかれる。
「一筆一筆置くたびに、世界が救われていく」と本気で信じたり、
「羊の頭の中に全人類の痛みをきく」ことのできる人たちのことだ。
自分が俗物だと思い知らされます。』
―(石田徹也)
2011/02/17 (Thu)
荒井孝
宇都宮美術館に でかけた。
はじめの展示室は コレクション展。
瀬本容子さんの作品が 寄贈されたとかで たくさんあった。
まだ チューブ入りの絵の具が売られていない時代
画家のひとたちは 自然のものから じぶんで色をつくりだしたのだという。
鮮やかな色彩で描かれた テンペラ画の数々。
金色が ぴかぴかしていて うつくしい。
額縁までも金色で いろいろに彫刻されていて 愉しい。
のこりふたつの展示室は 企画展 『荒井孝展』。
荒井孝さんは 足利うまれ 宇都宮そだち。
卒業制作から 最近の作品まで
半世紀にわたる画業 およそ100点が 展示されていた。
ベースは日本画なのだったが クレーやマグリットの影響を受けていたり
紙ひもを貼りつけてみたり 下地にアクリル絵の具を使ってみたり
独自の技法で淡い色彩を生みだしたり なかなかおもしろい。
題材も 日本の風景や花々だけには とどまらない。
旅をした 中南米やインドや中国なども 描かれている。
襖絵や 屏風絵などもあって おもしろかった。
たしか 『無情』 という作品だったとおもうが
おつきさまのあたりに うすぼんやり 胎児が描かれていた。
なるほど マグリットぽい。
『薄墨桜』と 『京都仁和寺 御室ノ桜』は 対照的な作品。
ともに 桜を描いた屏風なのだけれど
『薄墨桜』は 幹に焦点をおいて描かれている。
『京都仁和寺 御室ノ桜』 は 花に焦点をおいて描かれている。
わたしは 断然 『薄墨桜』が おきにいり。
桜の樹の どっしりとした幹のうつくしさには 心惹かれてしまう。
『風神雷神図(光琳模写)』の屏風は 微笑ましかった。
ほんものの風神雷神よりも まるみがあってかわいらしい。
展覧会のポスターになっている 『祈り』は ひときわすばらしかった。
塗りかさねられた あかい赤 その迫力 胸にせまるもの。
帰りがけに ミュージアムショップで
ポストカードを 2枚 買い求めた。
『祈り』 と 『春日の野辺に』。
『春日の野辺に』は 桜の花と 鹿が一匹 描かれている。

はじめの展示室は コレクション展。
瀬本容子さんの作品が 寄贈されたとかで たくさんあった。
まだ チューブ入りの絵の具が売られていない時代
画家のひとたちは 自然のものから じぶんで色をつくりだしたのだという。
鮮やかな色彩で描かれた テンペラ画の数々。
金色が ぴかぴかしていて うつくしい。
額縁までも金色で いろいろに彫刻されていて 愉しい。
のこりふたつの展示室は 企画展 『荒井孝展』。
荒井孝さんは 足利うまれ 宇都宮そだち。
卒業制作から 最近の作品まで
半世紀にわたる画業 およそ100点が 展示されていた。
ベースは日本画なのだったが クレーやマグリットの影響を受けていたり
紙ひもを貼りつけてみたり 下地にアクリル絵の具を使ってみたり
独自の技法で淡い色彩を生みだしたり なかなかおもしろい。
題材も 日本の風景や花々だけには とどまらない。
旅をした 中南米やインドや中国なども 描かれている。
襖絵や 屏風絵などもあって おもしろかった。
たしか 『無情』 という作品だったとおもうが
おつきさまのあたりに うすぼんやり 胎児が描かれていた。
なるほど マグリットぽい。
『薄墨桜』と 『京都仁和寺 御室ノ桜』は 対照的な作品。
ともに 桜を描いた屏風なのだけれど
『薄墨桜』は 幹に焦点をおいて描かれている。
『京都仁和寺 御室ノ桜』 は 花に焦点をおいて描かれている。
わたしは 断然 『薄墨桜』が おきにいり。
桜の樹の どっしりとした幹のうつくしさには 心惹かれてしまう。
『風神雷神図(光琳模写)』の屏風は 微笑ましかった。
ほんものの風神雷神よりも まるみがあってかわいらしい。
展覧会のポスターになっている 『祈り』は ひときわすばらしかった。
塗りかさねられた あかい赤 その迫力 胸にせまるもの。
帰りがけに ミュージアムショップで
ポストカードを 2枚 買い求めた。
『祈り』 と 『春日の野辺に』。
『春日の野辺に』は 桜の花と 鹿が一匹 描かれている。

2010/08/05 (Thu)
イノセンス―いのちに向き合うアート
県立美術館 『イノセンス―いのちに向き合うアート』 という展覧会。
ハンディキャップを抱えたひと 独学で絵を学んだひとの作品と
障がい者のアートに関わる作家さん 現代アートの作家さんたちの作品を
区別することなく ともに展示するという趣旨の 展覧会。
清野ミナは カラフルな 地図みたいな 作品。
坂上チユキは 緻密な ペイズリー模様みたいな 作品。
篠原佳尾の 『題名不詳』。
わたしには ちょうちょにみえた。
小原久美子は 模造紙を ちょうちょやとんぼのかたちに切って
色紙を モザイク模様みたいに 貼り付ける。
壁一面に たくさんちょうちょがいたので ちょうちょ好きおおよろこび。
秋山俊也は 電柱ばかり描く。
西沢彰は 飛行機ばかり描く。
舛次崇は 枯れた植木鉢ばかり 8年描きつづけたという。
大胆な 色づかい。アフリカぽい 色合い。
佐々木卓也は 造形作家。
独特のポーズの 女性像を中心に展示されていたのだが タイトルが謎。
『ピカソの女性(なつきちゃん)』 (ん? 日本人なの?)
『外国の女性(ゆみかちゃん)』 (んん? 日本人なの??)
『プードルの頭の女性(プードルとネコ)』 (もうなにがなにやら)
丸木位里のおかあさん 丸木スマは
70歳を過ぎてから 絵筆を握ったという。
丸木位里のいもうとさん 大道あやの作品と あわせて展示されていた。
丸木スマ 『簪』 大道あや 『しかけ花火』 は
屏風に描かれた作品で ならべて展示されていたのだったが
どちらも仔細に描かれた力作で たいへん見ごたえがあった。
草間彌生は 『愛はとこしえ』シリーズ50点のうち 34点が 展示されていた。
壁3面に ずらり34枚のパネルがならんでいて 圧巻だった。
この日 いっとうたのしみにしていたのは イケムラレイコ。
ブロンズ像の 『Figura m&m』 と 絵コンテみたいな 『島の女#1~#8』 は
期待していたかんじと ちがっていたけれど
油彩で描かれた 『M-scape』 は じつに見事だった。
暫く絵のまえに立ち尽くしたり なんども絵のまえにもどって観たりした。
もえるような 赤。くっきりはっきり赤いのに きえそうな おんなのこ。
奈良美智は 紙に描かれた作品と 陶器の作品が あった。
紙に描かれた作品は らくがきみたいな 陶器の作品のイメージ図みたいなもの。
なにかのプリント(学校で配られるような 町内会でまわってくるような プリント)の
裏のしろいところに描かれていて 表の文字がちょっと透けてみえてるんだけど
額に入れられているので 表側は みえない。
なんのプリントなのだか じろじろ みてしまった。
陶器の作品は おおきいものも ちいさいものも あった。
おおきいものは まわりを ぐるぐる みてまわった。
『月頭巾』 は 裏側にも顔があって とってもキュート。
ちいさな作品の 『舌だし富士壷』 と 『十字架の山』 が かわゆかった。
『子ども店長』とか 『子ども山田くん』 とか ふざけたタイトルの作品もあった。
常設展は さらりと 鑑賞した。
見覚えのある作品が多かったけれど 長沢秀之の作品は はじめて観た。
あたたかい色の たくさんの点々が うつくしかった。
たしか 『皮膜6』 とかいうタイトルだったとおもう。
ハンディキャップを抱えたひと 独学で絵を学んだひとの作品と
障がい者のアートに関わる作家さん 現代アートの作家さんたちの作品を
区別することなく ともに展示するという趣旨の 展覧会。
清野ミナは カラフルな 地図みたいな 作品。
坂上チユキは 緻密な ペイズリー模様みたいな 作品。
篠原佳尾の 『題名不詳』。
わたしには ちょうちょにみえた。
小原久美子は 模造紙を ちょうちょやとんぼのかたちに切って
色紙を モザイク模様みたいに 貼り付ける。
壁一面に たくさんちょうちょがいたので ちょうちょ好きおおよろこび。
秋山俊也は 電柱ばかり描く。
西沢彰は 飛行機ばかり描く。
舛次崇は 枯れた植木鉢ばかり 8年描きつづけたという。
大胆な 色づかい。アフリカぽい 色合い。
佐々木卓也は 造形作家。
独特のポーズの 女性像を中心に展示されていたのだが タイトルが謎。
『ピカソの女性(なつきちゃん)』 (ん? 日本人なの?)
『外国の女性(ゆみかちゃん)』 (んん? 日本人なの??)
『プードルの頭の女性(プードルとネコ)』 (もうなにがなにやら)
丸木位里のおかあさん 丸木スマは
70歳を過ぎてから 絵筆を握ったという。
丸木位里のいもうとさん 大道あやの作品と あわせて展示されていた。
丸木スマ 『簪』 大道あや 『しかけ花火』 は
屏風に描かれた作品で ならべて展示されていたのだったが
どちらも仔細に描かれた力作で たいへん見ごたえがあった。
草間彌生は 『愛はとこしえ』シリーズ50点のうち 34点が 展示されていた。
壁3面に ずらり34枚のパネルがならんでいて 圧巻だった。
この日 いっとうたのしみにしていたのは イケムラレイコ。
ブロンズ像の 『Figura m&m』 と 絵コンテみたいな 『島の女#1~#8』 は
期待していたかんじと ちがっていたけれど
油彩で描かれた 『M-scape』 は じつに見事だった。
暫く絵のまえに立ち尽くしたり なんども絵のまえにもどって観たりした。
もえるような 赤。くっきりはっきり赤いのに きえそうな おんなのこ。
奈良美智は 紙に描かれた作品と 陶器の作品が あった。
紙に描かれた作品は らくがきみたいな 陶器の作品のイメージ図みたいなもの。
なにかのプリント(学校で配られるような 町内会でまわってくるような プリント)の
裏のしろいところに描かれていて 表の文字がちょっと透けてみえてるんだけど
額に入れられているので 表側は みえない。
なんのプリントなのだか じろじろ みてしまった。
陶器の作品は おおきいものも ちいさいものも あった。
おおきいものは まわりを ぐるぐる みてまわった。
『月頭巾』 は 裏側にも顔があって とってもキュート。
ちいさな作品の 『舌だし富士壷』 と 『十字架の山』 が かわゆかった。
『子ども店長』とか 『子ども山田くん』 とか ふざけたタイトルの作品もあった。
常設展は さらりと 鑑賞した。
見覚えのある作品が多かったけれど 長沢秀之の作品は はじめて観た。
あたたかい色の たくさんの点々が うつくしかった。
たしか 『皮膜6』 とかいうタイトルだったとおもう。
2010/05/13 (Thu)
小倉遊亀
宇都宮美術館 『没後10年 小倉遊亀展』 という展覧会。
ふたつの展示室を 順繰りに 観た。
ひとつめの展示室は 人物画がメインだった。
『娘』という作品は 浴衣姿の気の強そうなおんなのひとが描かれていて
傍らに 壷が置いてあるテーブルがあるのだったが
そのテーブルに敷いてある しろいレースの敷物が
ひどくこまかく描かれていて 素晴らしかった。
『浴女その一』は ふたりのおんなのひとが入浴しているようすを描いたもの。
微妙な濃淡で描きだされた 浴槽の水面のようすが たいへん見事だった。
『径』という作品には 母親と こどもと いぬが 描かれている。
こどものかりあげ頭や いぬのくるんと丸まった尻尾が かわいらしい。
100歳を越えてから制作されたものも ちらほら あった。
『如来』とか『菩薩』とかの書や 好んで描かれた梅の花の絵。
梅は まいとし春がやってきたら いっとう先に描いたらしい。
105歳まで 絵筆を握っていたんですって!
ふたつめの展示室は 静物画がメインだった。
梅とか椿とか庭のさまざまなお花や お台所の果物や
おきにいりの古九谷などのうつわが 描かれていた。
生涯 2点しか描かれなかったという風景画のうちの 1点が出品されていた。
静物画のほうの展示室に それは 在った。
あおい壮大な富士山の麓に 牛さんたちが放牧されているようすを描いた
『青巒(せいらん)』 という作品。
そのほか 雑誌の表紙や 小説の挿絵なども 展示されていた。
髪の1本1本まで繊細に描かれているようす
身近なひとやものを題材にしているようす
歳をかさねても淡々と画業に取り組んでいたようす
小倉遊亀は すこぶる 好みの画家だった。
はてさて 帰りがけに ミュージアムショップで
気に入った絵のポストカードを 買い求める慣わしなのだったが
今回は たいへん 悩んだ。
いくつもあった 梅やらなんやらの お花の絵のポストカードは
どれもこれも素敵で どれを買ったらよいものやら こころが定まらず
結局 どれも 購入に至らなかった。
こころを鬼にして 2枚だけ 買い求めることにした。
『径』 と 『青巒(せいらん)』。
いぬの可愛らしさと 富士山と牛の描かれた絵の清々しさが
どうにも こころを 捉えたのだった。
とくべつに コットンバッグも 買い求めた。
『径』に描かれている ちゃいろい柴犬が プリントされている。



ふたつの展示室を 順繰りに 観た。
ひとつめの展示室は 人物画がメインだった。
『娘』という作品は 浴衣姿の気の強そうなおんなのひとが描かれていて
傍らに 壷が置いてあるテーブルがあるのだったが
そのテーブルに敷いてある しろいレースの敷物が
ひどくこまかく描かれていて 素晴らしかった。
『浴女その一』は ふたりのおんなのひとが入浴しているようすを描いたもの。
微妙な濃淡で描きだされた 浴槽の水面のようすが たいへん見事だった。
『径』という作品には 母親と こどもと いぬが 描かれている。
こどものかりあげ頭や いぬのくるんと丸まった尻尾が かわいらしい。
100歳を越えてから制作されたものも ちらほら あった。
『如来』とか『菩薩』とかの書や 好んで描かれた梅の花の絵。
梅は まいとし春がやってきたら いっとう先に描いたらしい。
105歳まで 絵筆を握っていたんですって!
ふたつめの展示室は 静物画がメインだった。
梅とか椿とか庭のさまざまなお花や お台所の果物や
おきにいりの古九谷などのうつわが 描かれていた。
生涯 2点しか描かれなかったという風景画のうちの 1点が出品されていた。
静物画のほうの展示室に それは 在った。
あおい壮大な富士山の麓に 牛さんたちが放牧されているようすを描いた
『青巒(せいらん)』 という作品。
そのほか 雑誌の表紙や 小説の挿絵なども 展示されていた。
髪の1本1本まで繊細に描かれているようす
身近なひとやものを題材にしているようす
歳をかさねても淡々と画業に取り組んでいたようす
小倉遊亀は すこぶる 好みの画家だった。
はてさて 帰りがけに ミュージアムショップで
気に入った絵のポストカードを 買い求める慣わしなのだったが
今回は たいへん 悩んだ。
いくつもあった 梅やらなんやらの お花の絵のポストカードは
どれもこれも素敵で どれを買ったらよいものやら こころが定まらず
結局 どれも 購入に至らなかった。
こころを鬼にして 2枚だけ 買い求めることにした。
『径』 と 『青巒(せいらん)』。
いぬの可愛らしさと 富士山と牛の描かれた絵の清々しさが
どうにも こころを 捉えたのだった。
とくべつに コットンバッグも 買い求めた。
『径』に描かれている ちゃいろい柴犬が プリントされている。



2010/02/04 (Thu)
アニマルズin TOCHIGI
県立美術館に でかけた。
『魅力再発見!ニッポンの油絵』 『三沢厚彦 アニマルズin TOCHIGI』
ふたつの展覧会が ひらかれていた。
まずは 『魅力再発見!ニッポンの油絵』 という 展覧会。
靉嘔(あいおう)の 『レインボー・レインD』。
ながれる虹色の色彩がうつくしく 暫し足を止めた。
イケムラレイコの 『顔(夜景)』 『黒の中に青いミコと』。
すきな作品だので こころゆくまで 堪能した。
常設展も 鑑賞した。
ひさびさに訪れたので 展示されている作品も様変わりしていて
新鮮な心持ちで みてまわった。
殿敷侃(とのしきただし)さんの 作品が よかった。
しろいキャンバスが むらさきいろの数字で 埋めつくされている。
『三沢厚彦 アニマルズin TOCHIGI』の ライオンさんは
常設展のさいごのところに いた。
つづいて 『三沢厚彦 アニマルズin TOCHIGI』。
クスノキを彫ってつくられる 動物たち。
写実的なかんじではなく 作者のイメージに基づいて つくられている。
たいへんユーモラスで かわいらしいかたち。
ライオン・キリン・シロクマ・ユニコーン・シカ・トラ・ヒョウ・ウサギ・イヌ・ネコ・ムササビ・カエル・ワニ・フクロウ・ブタ・コウモリ・・・・・・・・
とりわけ ムササビの かわいらしさといったら!
うえのほうに ひっそり潜んでいる動物もいるので
注意深く さがしながら みてまわった。
展示は 展示室のなかだけに 留まらないのだった。
ライオンさんは 常設展のところにいたのだったし
屋外展示場にも 3匹いた。
1匹めのクマは すぐに見つかったのだったが
水辺の向こう側や 屋根のうえにも 目を凝らさなければならなかった。
集会室に 特設アトリエがつくられていて おおきなバクや
ちいさなキリンや こまごまとした彫刻が ならんでいた。
制作時に聴くのであろう CDやカセットテープも 展示されていた。
さらに 美術館のそとに おおきなプラタナスの樹があるのだけれど
その樹のところにも ムササビちゃんが!
美術館の受付から企画展まであるいていく通路に 1匹潜んでいたのには
さいしょ全く気づかずに 素通りしてしまった。
すべての鑑賞を終えて美術館を出たあと ふとパンフレットをみて
どうやら1匹見落としているらしいことに 気がついた。
もういちど 入り口からはいっていって 受付の前を顔パスで通り過ぎ
企画展の手前の壁に張りついているそいつを ちらり観せていただいた。
こんなところに いたなんて。
特設アトリエの ちいさなキリンは 記念撮影用で
カメラを向けてオッケーだったので すかさず ぱちり。
ライオンさんの ポストカードを 2枚買った。
横向きのものと 真正面を向いているもの。

『魅力再発見!ニッポンの油絵』 『三沢厚彦 アニマルズin TOCHIGI』
ふたつの展覧会が ひらかれていた。
まずは 『魅力再発見!ニッポンの油絵』 という 展覧会。
靉嘔(あいおう)の 『レインボー・レインD』。
ながれる虹色の色彩がうつくしく 暫し足を止めた。
イケムラレイコの 『顔(夜景)』 『黒の中に青いミコと』。
すきな作品だので こころゆくまで 堪能した。
常設展も 鑑賞した。
ひさびさに訪れたので 展示されている作品も様変わりしていて
新鮮な心持ちで みてまわった。
殿敷侃(とのしきただし)さんの 作品が よかった。
しろいキャンバスが むらさきいろの数字で 埋めつくされている。
『三沢厚彦 アニマルズin TOCHIGI』の ライオンさんは
常設展のさいごのところに いた。
つづいて 『三沢厚彦 アニマルズin TOCHIGI』。
クスノキを彫ってつくられる 動物たち。
写実的なかんじではなく 作者のイメージに基づいて つくられている。
たいへんユーモラスで かわいらしいかたち。
ライオン・キリン・シロクマ・ユニコーン・シカ・トラ・ヒョウ・ウサギ・イヌ・ネコ・ムササビ・カエル・ワニ・フクロウ・ブタ・コウモリ・・・・・・・・
とりわけ ムササビの かわいらしさといったら!
うえのほうに ひっそり潜んでいる動物もいるので
注意深く さがしながら みてまわった。
展示は 展示室のなかだけに 留まらないのだった。
ライオンさんは 常設展のところにいたのだったし
屋外展示場にも 3匹いた。
1匹めのクマは すぐに見つかったのだったが
水辺の向こう側や 屋根のうえにも 目を凝らさなければならなかった。
集会室に 特設アトリエがつくられていて おおきなバクや
ちいさなキリンや こまごまとした彫刻が ならんでいた。
制作時に聴くのであろう CDやカセットテープも 展示されていた。
さらに 美術館のそとに おおきなプラタナスの樹があるのだけれど
その樹のところにも ムササビちゃんが!
美術館の受付から企画展まであるいていく通路に 1匹潜んでいたのには
さいしょ全く気づかずに 素通りしてしまった。
すべての鑑賞を終えて美術館を出たあと ふとパンフレットをみて
どうやら1匹見落としているらしいことに 気がついた。
もういちど 入り口からはいっていって 受付の前を顔パスで通り過ぎ
企画展の手前の壁に張りついているそいつを ちらり観せていただいた。
こんなところに いたなんて。
特設アトリエの ちいさなキリンは 記念撮影用で
カメラを向けてオッケーだったので すかさず ぱちり。
ライオンさんの ポストカードを 2枚買った。
横向きのものと 真正面を向いているもの。

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