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バタフライナイフ

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2011/11/10 (Thu)

画家たちの二十歳の原点

足利市立美術館 『画家たちの二十歳の原点』 という展覧会。

展覧会のなまえは 高野悦子さんの『二十歳の原点』から。
なつかしい。高校時代の 愛読書だった。
石田徹也さんの作品が展示されていることもあって いそいそでかけた。

さまざまな画家の 20歳頃の作品。
若くして亡くなった方もあったし 長生きした方もあった。ご健在で絶賛活躍中の方もあった。

草間彌生さんは 若い時分から おそろしい絵を描くひとだったんだなあ。

お目当ての 石田徹也さんは 3作品を鑑賞した。
『燃料補給のような食事』 『飛べなくなった人』 『ビアガーデン発』。
『燃料補給のような食事』 『飛べなくなった人』 は 独特の
いちど観たらわすれない かなしい顔のおとこのひとたちが描かれていて
絵のまえで しばし 立ち尽くした。
あの無表情さが こころを捉えて はなさない。
『ビアガーデン発』は すこし作風がちがっていて
あかるい色調で うっすら笑っているおとこのひとたちが描かれているんだけれど
やっぱりどこか すこしさみしい。

日本画を学んだという桂ゆきさんの作品や
毒々しいかんじの高畑正さんの作品など
あたらしいおきにいりも ちらほらみつかった。

絵もすばらしかったが 傍らに添えられた言葉も いちいち良かった。
日記やら制作ノートやらに書かれた言葉も 紹介されているのだった。
青春時代の 感情の吐露には しばしば真実がある。

以下 こころに響いた言葉 めもめも。

『僕は何の役にも立たない。
僕は今、只今幸福を求める。』
『僕は天才でないかもしれない。それもいい。
僕はやりたい事の総てをなそうと努める。』
―(萬鐵五郎)

『かりの世のかりのいのちのふるまひやわがうたふ歌さびしかりけり』
―(田中恭吉)

『いのちを描くこと。
いまのおれ自身の生きざまを描くこと。
そして、ほんとうの命を生きること。』
―(高畑正)

『私はおそろしく無口な子供で、内心にあることの百分の一も言葉に出すことができなかった。
心の中の受信機は、いろんなものを、ガラクタのきれっぱしまでキャッチするが、さてこちらからなにか言葉を発信するとなると、なんにも出てこない。しゃべる才能が欠如していた。
だから次第に人間と話をするより、狐とか、木とか、虫とか、鳥とかその他の動物と話するほうが、めんどうくさくなくて、ぐあいがよくなった。』
―(桂ゆき)

『聖者のような芸術家に強くひかれる。
「一筆一筆置くたびに、世界が救われていく」と本気で信じたり、
「羊の頭の中に全人類の痛みをきく」ことのできる人たちのことだ。
自分が俗物だと思い知らされます。』
―(石田徹也)
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2011/08/06 (Sat)

第97回足利花火大会

恒例の 足利の花火を 今年も みにいった。

大震災の犠牲者を悼んで 鎮魂の祈りをこめて 復興の願いをこめて
花火が つぎつぎと 打ちあげられた。

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2011/05/26 (Thu)

サボテン

Cactus (Mammillaria bocasana)

高砂 というなまえのサボテンは
ピンクいろの花が咲いていて やわらかいしろい毛がはえている。
てっぺんのあたりは とりわけ ふあふあ。
ふあふあを撫ぜながら きょねん死んだ しろい毛むくじゃらの犬のことを 思い浮かべている。

2011/03/11 (Fri)

2011-03-11 14:46

震度6強の地震の揺れは かつて体験したことの無いものだった。

そのとき わたしは お店で働いていた。
築31年 ふるい木造家屋の 1階部分が 店舗になっている。
この日さいごのお客様の 調理中で
あれやこれや 準備しているときだった。
揺れが やってきた。
はじまりから がたん!と おおきめな揺れで
調理中の父は すぐに 火を止めた。
お客様に 『おおきいですね』 などと 話しかけながら
わたしは調理場をでて お客様のちかくに 歩み寄った。
父も 調理場をでて 客席のほうへ。
揺れは だんだん 強まった。
『そとにでたほうがいいかしら』 などと声にだしてみたが
もう お店のガラス戸のところまで 歩いていかれそうにない。
ガラス戸にちかづくのは とても危険におもわれた。
がたんがたん鳴っていて 今にも割れてしまいそう。
揺れは ますます 強まった。
家が倒壊するんじゃないか とおもうような激しさになり
生き埋め という言葉が 頭を掠めた。
調理場では 上のほうに重ねてあった 土鍋やどんぶりなどのうつわが
つぎつぎに落ちて 大きな音を立てはじめた。
急須や 飾ってあった人形なども。
それでも まだまだ 揺れ止まない。
地面が 家全体が 上下左右 あらゆる方向に 突き動かされた。
ながい ながい ながい 揺れ。
とちゅう 電気が消えかかって 景色が歪んで 死ぬかとおもった。
わたしは立っていられなくて その場に座り込んだ。
38年生きてきて いっとう おそろしい時間。
ようやっと 揺れがおさまったとき
おもったことは 『生きてた!』 だった。

あとで知ったことには みっつの地震が 続けてやってきたのだという。
ふつうの地震だったら 揺れ止むだろう頃に
揺れ止むどころか さらに激しさを増したのは そういうわけだったか。

激しい揺れは それはそれはおそろしかったけれども
それよりも もっとおそろしかったのは 音だった。
あれは なんの音だったろう。
地震のあいだ中 響きわたっていた
地面が鳴る音 家ぜんたいが鳴る音 ガラス戸が鳴る音
うつわが鳴る音 こわれる音。
あの音のおそろしさを わたしはずっと忘れられないだろう。

調理場も店内も たいへんな様子だったから
お客様は ごはんを召しあがれないまま お帰りになった。
『気をつけて』 と見送ってから おそるおそる外に出てみると
家の前の道路に なにやら 転がっている。
うちの屋根から落ちてきた いくつもの おうちのかけら。
瓦の裏側の セメントの部分だろうか。

2階が住居になっているので 様子を見に行った。
たくさんある本やCDは 存外無事で でも幾つかは 床に落ちていた。
ボトルアクアリウムの水が すこし零れていた。
フローリングの床に しろいかけらが たくさん落ちていて
よく見たら 漆喰の壁が あちこち剥がれているのだった。
以前から 外壁にも内壁にも ずいぶんひびが入っていたのだけれど
そのひびが さらに おおきく ながくなってしまった。
揺れの割には お部屋のなかの被害は少なくて ひとあんしん。

すぐさま おおきめの余震が 幾度も幾度もあって
愛犬を抱っこして 家の外に たびたび避難した。

近所では いくつかのおうちで 瓦が落ちていた。
大谷石の塀も 剥がれたり 傾いたり。
我が家が 建ちつづけていることが 奇跡みたいにおもえる。
再び あんな地震がやってきたら 今度は倒壊してしまうかも。

地震のあと すぐにテレビをつけて
震度6強だったと知って 驚愕した。
そしてそののち この街の被害は それほど大したことなくて
もっとおそろしい 甚大な被害を受けたところがあると知って 戦慄したのだった。
街ごと 人も家も車もぜんぶ 流されてしまうなんてことが 現実に起きたなんて。 
そして 原発の事故。なんておそろしいことが 起きてしまったんだろう。

余震は 夜中じゅう続いて しかもおおきめで
原発のことも気になって気になって 一睡も出来なかった。

地震の日は 写真を撮ることなど 思いつかなかった。
写真は 数日後 撮ったもの。
おうちのかけらや お部屋のひび割れたようす。

(2011-03-18 記)

20110311
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2011/02/17 (Thu)

荒井孝

宇都宮美術館に でかけた。

はじめの展示室は コレクション展。
瀬本容子さんの作品が 寄贈されたとかで たくさんあった。
まだ チューブ入りの絵の具が売られていない時代
画家のひとたちは 自然のものから じぶんで色をつくりだしたのだという。
鮮やかな色彩で描かれた テンペラ画の数々。
金色が ぴかぴかしていて うつくしい。
額縁までも金色で いろいろに彫刻されていて 愉しい。

のこりふたつの展示室は 企画展 『荒井孝展』。
荒井孝さんは 足利うまれ 宇都宮そだち。
卒業制作から 最近の作品まで
半世紀にわたる画業 およそ100点が 展示されていた。
ベースは日本画なのだったが クレーやマグリットの影響を受けていたり
紙ひもを貼りつけてみたり 下地にアクリル絵の具を使ってみたり
独自の技法で淡い色彩を生みだしたり なかなかおもしろい。
題材も 日本の風景や花々だけには とどまらない。
旅をした 中南米やインドや中国なども 描かれている。
襖絵や 屏風絵などもあって おもしろかった。

たしか 『無情』 という作品だったとおもうが
おつきさまのあたりに うすぼんやり 胎児が描かれていた。
なるほど マグリットぽい。

『薄墨桜』と 『京都仁和寺 御室ノ桜』は 対照的な作品。
ともに 桜を描いた屏風なのだけれど
『薄墨桜』は 幹に焦点をおいて描かれている。
『京都仁和寺 御室ノ桜』 は 花に焦点をおいて描かれている。
わたしは 断然 『薄墨桜』が おきにいり。
桜の樹の どっしりとした幹のうつくしさには 心惹かれてしまう。

『風神雷神図(光琳模写)』の屏風は 微笑ましかった。
ほんものの風神雷神よりも まるみがあってかわいらしい。

展覧会のポスターになっている 『祈り』は ひときわすばらしかった。
塗りかさねられた あかい赤 その迫力 胸にせまるもの。

帰りがけに ミュージアムショップで
ポストカードを 2枚 買い求めた。
『祈り』 と 『春日の野辺に』。
『春日の野辺に』は 桜の花と 鹿が一匹 描かれている。

Takashi Arai Retrospective
Takashi Arai Retrospective

2010/12/22 (Wed)

天然石

天然石の ブレスレットを 購入した。
ピンクトルマリン ローズクォーツ ブルームーンストーン 水晶。

ストラップの おまけつき。
ムーンストーン 水晶 淡水パール。

Gemstone

2010/12/14 (Tue)

reminiscence

愛犬がしんで 半年経った。
おもいうかべない日は 無い。
さみしさは 募るばかり。

あの子は わたしにとって 我が子も同然だった。

Leo

2010/09/20 (Mon)

メダカのあかちゃん

メダカ鉢で メダカのあかちゃん たくさん生まれてた。
とても とても ちいさい。
写真を撮ることがむつかしく どうしてもカメラが映り込んでしまうのだった。

Baby KillifishBaby Killifish
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